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市役所へ出向き電子申告準備+没頭する魔力+選択と分散

7時前起床。いつもの朝の後、中央経済社原稿に向かい。朝食後に請求書作成、朝礼の後、明日の電子申告のために市役所に向かう。支所に電話したら駄目だというので、昨年同様、またも本庁まで走って、やっとパスワードを変更した。
戻る途中にスーパーヤマナカに立ち寄って、ロッテ0を18個購入して買い占めた!例によって抽選券などをレジで貰ったが、居合わせたおばさんにプレゼントしてきた!

帰社して早速、電子署名登録をするも、またも、すったもんだして、小一時間して11時前にやっと終了した。やれやれ、これで明日は商工会に行くことが出来る。ヘナヘナ・・・

 
自分の電子申告をしたいところだが、折角登録した電子署名とごっちゃになりそうなので、商工会での代理送信を終えてからにしようと、まずは中央経済社の原稿に取り掛かる。

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昼食時に鳩害対策を話し、食後、外へでて見ると、案の定、屋根に鳩が居る。しかも2羽。スリッパを投げ付けて脅して追っ払った。その足で、コンビニで摘みを買い、郵便局でワイン代を支払う。
帰社して、社員が午前中に作成してくれた書類の決済と請求書作成。2時に原稿に戻る。

夕刻の来客のお話を聞きつつ、将来の遺言書や信託契約の設計に思いをはせつつ、1時間半。丁度終えるところで、電話やら、メールの相談案件と続く。

見積依頼メールの返信を書きながら、『私のこだわり人物伝』を見る。「哲学した経営者 松下幸之助」を作家の北康利氏が語る第1回は「悲しい目をした少年」。 
ビジネスも突き詰めれば精神性、社会性につながる・・・と北氏は言う。当然であろう。それを金儲けから希望を与えてくれたとも言う。

これまで、断片的に聞いたりしていた経営の神様の話。本も持っているが、中々読めないものであるから、楽しみである。

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残業する社員のための、夕食を買いに出掛ける。我が家は今夜は一ヶ月ぶりに長男が中国遊学から帰宅したので、外食モードになっていたのだ。
ところが、いざ、目当ての近所の焼肉屋に行くと、休業であった。そうか、今までは月曜に行くことはなく、金~日に行っていたので考えもしなかったのだ。

他の店に行くのは中々考えがつかない。何故なら、臭いや垂れが飛んで付いてもいい服を着てきたという制限もある。結局、家に戻って、下ごしらえしておいてくれた豚カツとなった。中国の話題に花が咲く。帰宅した時に、くれた土産は、絵文字掛け軸で、事務所の名前の後に「商売繁盛」と書かれていた。
先日、TVで見た、東南アジアの土産物の扇子の絵柄を、即興的に描く少女のドキュメンタリーを思い出していた。

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7時のニュースの後、『クローズアップ現代』で「ワークシェアリング」を学ぶ。これを成功させる原則は、「同一労働・同一賃金」なのであるが、それは個別企業では対応できないので、政府主導で推進したオランダの事例は、非常に参考になった。

8時から、難問の続きを解き出した。一端書き上げたものを印刷してみると・・・どうも自分らしくない。もっと正直に書くように心掛けて書くと、文章の印象は全く変わった。そして、心も休まる。気負ったところで自分じゃない。

結果的に全面的に書き直しとなった。そして9時に最後の社員の終業に合わせて、ワインを飲む。しかし、無痛臓器であるはずの肝臓が時折チリチリとする。9時半には、昨夜に続いて先輩より、レジュメの添削依頼が届く。酩酊気味なので難しい。うとうとする。しかし・・・

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10時からのNスペに気づいたのは10時25分だった。『100年の難問はなぜ解けたのか』のタイトルで、何人もの数学者の数奇な運命を描く。同じテーマの番組を見たことが以前にある。(実は今回が再放送)だった。)それほど偉大な業績であったにも関わらず、最後に証明を果たした当の本人が失踪してしまったから話題にならないはずがない。

フィールズ賞と言えば、数学の世界のノーベル賞で、しかも4年に1度しか贈られない。その受賞を辞退した数学者。グリゴリ・ペレリマン博士。彼は100年の難問である、『ポアンカレ予想』を解いた。

番組では、『ポアンカレ予想』とは何か?を基礎から、勿論、易しく解説する。そして、これにまつわる、数学者の数奇な運命を紹介して行く。しかしどうして数学者をそんなにさせてしまうのか?たかが「問題」ではないか?!にも迫る。

だが、私にはよく判る。その気持ち。「問題」に魅了されてしまうのである。私にも、似たような経験がある。勿論、遥かに程度は低いのだが、「あの気持ち」をさらに高度に昇華させると、やがては、失踪しなければならなくなる程のものであることは、容易に予想がつくのである。

ちなみに私にとっての、「問題」は、「非公開株式の時価」である。昨年に引き続き、原稿を書いていると、虜(とりこ)になっていくような感覚である。この感覚がないと、原稿など書けるものではない。

(この件に関しては、本日の終わりに追加記入あり。)

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しかしその「集中」こそが、怖いものである。先の数学者のように、社会性を断つ程の集中があったからこそ、100年の難問が解かれたが、犠牲も大きい。しかし、その集中がなければ偉業は達成できない。

自らにとって価値ある、集中できるテーマが選択」できて、「集中」できれは、人生や経営にとって幸せになれる。ただその幸せが失踪を招くことすらある。しかし、一般常識的には、それは不幸せなのだろうが、失踪した数学者にとっては、その失踪は、幸せだったのかもしれない。

その、「選択と集中」については、夕刊の京都銀行頭取、柏原康夫氏が興味深いエッセーを寄せられていて、我が意を得たりと膝を打った。『選択と分散の経営』と題するエッセーは、秀逸だった。

伝説的経営者であるGEのジャックウエルチの有名な経営方針が「選択と集中」であった。コアコンピタンスを作るプロセスである。しかし、一地方銀行の頭取として、これは危険なことだと発する。
考えてみれば、私も、本能的にそれは、感じ取って、分散させている。特に、お客様の分散は気を付けている。パレート分析をして、集中が行き過ぎた(一般に1社で20%を占める)お客様は、その比率を下げる、分散戦略である。

私は、この対策を10年来、行ってきて、何とか昨年のリスクを分散できた。
思うに、だからと言って集中を欠いてはならない。ウエルチのように、将来伸びるものを、しっかり「選択」できたからこそ、そこに集中が出来るのであって、有望な選択なしに集中はありえない。

したがって、選択ができない項目(例えば数あるお客様)についての栄枯盛衰は、自社の能力の及ばないエリアであれば、そこに関しては選択は余りできない。もしそのような対象であれば、積極的に分散を図らねばならない。

添削の続きを行う。昨夜のものと、両方印刷して比較しながらの作業である。レイアウトが気になったので、最後のお化粧直しとして行い、2時前に送信して、やっと就寝する。

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蛇足だが、「ポアンカレ予想」に関して、備忘記録をしておくことにする。これは、私の論文執筆のためのものであるから、読んでも分からなくて構わないものである。否、判れば危険かもしれない。

48:19 どこかに論理の飛躍があるはずだ
48:29 翌2003年。アメリカの数学界は、インターネットの論文の執筆者を招き、解説を求めた。
51:52 ペレリマンが孤独に耐えたことが証明を成功させた原因かもしれない。孤独の中の研究とは日常生活で生きると同時に、めくるめく数学の世界に没入するということです。人間性を真っ二つに引き裂かれるような厳しい闘いだったに違いありません。ペレリマンは、それに最後まで耐えたのです。

(筆者:創造性の極限にあっては、関連する知識とそれから派生した無数の考えやアイデアを同時に発酵させ、宙に浮いた状態にしておかねばならない。この経験をもつのは、レポートではない、ちゃんとした論文執筆の時である。論文は、レポートと異なり、自ら創造をしなければならない。それが独創的であるほどに、宙に浮かせて発酵させるものは膨大となる。

例えば、トランプ遊びに「神経衰弱」がある。これまでにめくったカードを覚えておいて、今、自分のめくったのと同じものがどこにあるかを思い出して2枚目をちゃんとめくる・・・これが52枚のカードだけではなく、膨大に、さらに、同じカードあるいは同じくできて、グループ化できるカードを組み合わせる・・・・そんな作業だと想像してもらえれば良いだろう。

無数にあるカードを何度も失敗しながらめくって照合していく・・・・その内、爆発が起こる。それは、次から次へめくるカードが合ってくる・・・・そして、全て開け切る!めくるめく瞬間である。

問題は、宙に浮かしている期間だ。この時、一切の隔離を図りたくなる。そうでないと、膨大な情報を同時に開いて宙に浮かして置けないのである。)

55:30 ポアンカレ予予想を証明することは、私達には想像することすら出来ない恐ろしい試練だったのかも知れません。その試練を彼は一人で潜り抜けました。しかし、その結果、彼は何かを喪ってしまったのです。

56:30 数学の世界では21世紀に解決されるべき難問がポアンカレ予想の他に6つ挙げられています。数学者達は、今日もその難問と闘い続けています。一体何故、数学者達は難問に挑み続けるのでしょうか?そして、それはどのような体験なのでしょうか?

57:08 例えば登山家は普通の人とは違い山で命を落とすことを恐れません。数学も同じなのです。例え命と引き換えでも構わない。世の中の他の事など、愛する数学に比べれば取るに足らないものだ。数学の真の喜びを一度でも味わうと、それを忘れることが出来なくなるのです。

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2009年03月09日 07:19に投稿されたエントリーのページです。

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